| 尺(分) | 198 |
| 製作年 | 1960 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | スタンリー・キューブリック |
| 製作 | エドワード・ルイス |
| 原作 | ハワード・ファスト |
| 脚本 | ダルトン・トランボ |
| 撮影 | ラッセル・メティ |
| 音楽 | アレックス・ノース |
| 出演 | カーク・ダグラス/ローレンス・オリヴィエ/チャールズ・ロートン/ジーン・シモンズ/ピーター・ユスティノフ/トニー・カーティス/ジョン・ギャヴィン/ウディ・ストロード/ジョアンナ・バーンズ/ニナ・フォック |
| ストーリー | 紀元前1世紀のローマ共和国。奴隷のスパルタカス(カーク・ダグラス)は、奴隷商人バタイアタス(ピーター・ユスチノフ)に買われ、見せ物として互いに殺し合いをさせられる剣闘士の訓練を受ける。しかし、獣のように非道な仕打ちに憤った彼は、自由を求めて反乱軍を決起し… |
奴隷同士の出会いから、反乱のリーダ〜投獄、極刑になり子供を自由民へと恋愛の結末までを描いた大作です。
見てよかったとおもえる一本です。
賛否が分かれるのは監督自身が乗り気で無かった題材だったからである。そのことが、作品に微妙な陰を落とす結果となっている。しかし、作品的には力作であった。敢て物足りないものをいえば、古代ローマのセットの規模だろう。明らかに『ベンハー』『ローマ帝国の滅亡』『クレオパトラ』に比べかなり見劣りする。つまりB級規模なのだ。しかしそう感じさせないところが、「監督の腕」とはいえる。次にラスト近くのローマ正規軍と奴隷反乱軍の戦闘場面。子供の頃テレビで観た時の事を思い出す。平原の彼方から方陣を組んで前進してくるローマ軍の迫力に映画の「凄さ」を実感したものだが、実は後年、「合成」で倍にしているということを聞いて、どおりで画面に違和感があるはずであると思った次第。しかし5000人は動員されているので良しとしよう。待ちうける奴隷軍のもう後が無いとの緊迫の極限状況を捉えた顔、顔、顔のショットと規則正しく行進してくるローマ正規軍の対比は映画の歴史に残る「緊迫のスペクタクル」である。その後の肝心の戦闘場面は残念ながら淡白であった。私はジーン・シモンズが好きではない。従ってどうしても恋愛描写となると引いてしまうのである。その点も辛口になる理由である。
振り返ればk・ダグラス演じるスパルタカスや反乱軍兵士の「顔」を捉えたカメラの圧倒的な生々しさこそ大迫力の見物であった。ラスト、桀刑にされたスパルタカスは涙モノ。
スパルタカスの反乱に題材を得たスペクタクル映画。剣闘士の養成所をやぶってローマで磔刑になるまでを描いた。センチメンタルなメロドラマである。たとえば、カーク・ダグラスとジーン・シモンズの場面、奴隷の軍団の中の親と子の場面には、とってつけたようなどうにもならない俗っぽさがある。
スペクタクル映画にしては戦闘シーンは物足りない。はじめのグラブラスを破る場面は戦いのシーンはなかった。スパルタカスの蜂起が大きいうねりになっていく過程もほとんど見られない。
すくないけれど見所もあった。クラススの政敵チャールズ・ロートンと奴隷商人のピーター・ユスチノフが登場するだけで画面が精彩をはなつ。ふたりの会話とたくらみに聞き入るたのしみがあった。
カーク・ダグラスが自らプロデュースし、「ジョーニーは戦場へ行った」「パピヨン」などのドルトン・トランボが脚本、「めまい」のソウル・バスがタイトル・デザイン、監督がスタンリー・キューブリックという超一流の布陣で作られた史劇大作。
スタンリー・キューブリックは配役から音楽、日本語字幕まで作品全体のプロデュースもコントロールしないと気がすまない完全主義者だが、本作では演出のみ行っている。それゆえ、本人は自分の作品ではないようなことを言っていたが、見る側からすれば純粋にキューブリックの演出の力量がわかる作品でもある。当然のことながら監督のみのこの作品の出来も素晴らしい。
最後の戦闘シーンなどは脚本では詳しく書けないであろうから、監督の腕次第で大きく印象が変わってしまうところですが、さすがはキューブリック、迫力ある映像に仕上げています。陣形の組み方や炎に包まれた丸太を使った戦法など、CGがなかった時代なので人海戦術で描かれ、圧巻だった。
キャストも良かった。カーク・ダグラスを中心に、ローレンス・オリビエ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスティノフ、トニー・カーティス、ジーン・シモンズなど当時のオールスター・キャストで、中でもチャールズ・ロートンとピーター・ユスティノフのコンビの演技が絶妙だった。
近年の「トロイ」や「グラディエーター」と較べると重量感が違う。数ある史劇大作の中でもベスト5に入る出来。