アンジェリーナ・ジョリー
(c)Kenta Kamada

アメリカ・カリフォルニア州
女優
1975年6月4日生まれ

アンジェリーナ・ジョリーとは

【出生と少女時代】
父は俳優の ジョン・ヴォイト、母は女優のマルシェリーニ・ベルトランという芸能一家に生まれたジョリー。生後間もない時に両親が別居し、兄弟と共にニューヨークに移り住む。11歳の頃、アクターズ・スタジオで演技を学び舞台に立つと、高校では演劇クラスに進学。しかし、裕福な人間が多いビバリーヒルズの高校で、裕福とはいえないジョリーはいじめにあうようになる。
モデルの活動も不調であった彼女は、自尊心を失い自傷行為をはじめるようになる。
14歳になると演劇クラスも辞め、同棲相手とモッシュに出掛けるなど堕落した生活になっていく。それでも2年後に学業に復帰した彼女は、演劇を学び高校を卒業した。

【俳優、そしてトップスターへ】
14歳にアメリカとヨーロッパにてファッションモデルの仕事を開始、ミュージック・ビデオなどにも出演した。演劇を再び学び始めた16歳の時、初舞台を経験。
兄が製作した学生映画にも出演し、1993年、低予算な映画でデビュー。
1995年「サイバーネット」で映画初主演を果たす。
この映画は、興行こそ不振だったものもカルト映画として評価されている。

【国際的スターへ】
1998年、「ジーア/悲劇のスーパーモデル」の演技が評価され、数多くの映画賞にノミネートされ授賞を受けた。翌99年、「17歳のカルテ」でアカデミー助演女優賞を受賞。
スターの階段を上り始めたジョリーは「60セカンズ」で興行的成功を収め、2001年「トゥーム・レイダー」で女性冒険家ララ・クロフトを演じ大当たり、世界的な人気を得ることになる。
ブラット・ピットと出会った「Mr.&Mrs.スミス」では、記録的な興行を収め公私共に注目を浴びる大スターとなった。

【慈善活動】
「トゥーム・レイダー」の撮影でカンボジアを訪れた際に世界的人道危機に気付かされ、慈善活動を行うようになる。寄付を行うだけでなく、難民キャンプを訪問するなど活発的に慈善活動を行なっている。
国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) の親善大使も務め、2002年3月にカンボジア人の男児、2005年7月にエチオピア人の女児、2007年3月にベトナム人の男児を養子として引き取っている。

【プライベート】
1996年「サイバーネット」で知り合ったジョニー・リー・ミラーと結婚。長い別居生活の末、1999年離婚。2000年には「狂っちゃいないぜ」で共演のビリー・ボブ・ソーントンと結婚するも、2003年に離婚。その後コリン・ファレルと交際が報じられたが、2005年「Mr.&Mrs.スミス」で共演したブラッド・ピットと交際し世間の話題をさらう。この大型カップルにメディアは、ブランジェリーナ(Brangelina)という呼び名をつけている。
2006年5月、二人の間に娘シャイロ・ヌーベルが生まれた。


・ナイフの収集を趣味としており、十代の頃、交際していた男性とナイフで傷付け合い快感を得ていた。その動機も、普通の性行為で飽き足らなかったために使用したナイフで偶然怪我をした瞬間に快感を覚えたとのことである。
・幼少時からタトゥーに親しんでおり背中、腹、腕などあらゆる箇所に彫り込んでいる。内容は、嘗ては左腕に元夫の名前を彫り込んでいたが離婚と同時にレーザーで消し、現在は子供達全員の出生地とその経度を彫り込んでいる。

(出典)Wikipedia,アンジェリーナ・ジョリー
Retrieved 2008年1月27日 (日) 09:32

主な作品履歴
サイバーネット (1995) ジーア/悲劇のスーパーモデル (1997年)マイ・ハート、マイ・ラブ (1998) 狂っちゃいないぜ (1998) ボーン・コレクター (1999年) 17歳のカルテ (1999年) 60セカンズ (2000年) ポワゾン (2001年)トゥームレイダー (2001年) ブロンド・ライフ (2002年) トゥームレイダー2 (2003年) すべては愛のために (2003年) スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー (2004年) アレキサンダー (2004年) Mr.&Mrs. スミス (2005年) グッド・シェパード(2006年) マイティ・ハート/愛と絆(2006年) ベオウルフ/呪われし勇者(2007年)

アンジェリーナ・ジョリーとは?
  • ブラット・ピット 34%
  • トゥーム・レイダー 28%
  • セクシー 12%
  • 唇 8%
  • 慈善事業 7%
  • カッコイイ 7%
  • Mr.&Mrs. スミス 4%