【出生と子役時代】
メソジストの一家にロナルド・ウォーケンとして生まれる。
母親はスコットランド人で父親はドイツ人である。
両親はパン屋を営み、ウォーケンも学校が終わるとそこで働いていた。
1950年代、母親がテレビや映画業界に憧れていた影響でウォーケンや二人の兄弟ケン・グレンは子役としてテレビに出演。初めて出演した番組はバラエティーであった。その後、The
Colgate Comedy Hourというバラエティー番組で底抜けコンビ(Martin and Lewis)と共演した後に、役者になることを決心している。
1953年には、「The Wonderful John Acton」というテレビ番組のナレーターを務める。
その頃は、「ロニー・ウォーケン」という芸名で活動していた。
【映画界一の悪役になるまで】
50年代、60年代はテレビを中心に活動を行い、1964年にはクリストファー・ウォーケンに芸名を改名。1969年に映画「Me and My Brother」で実験的な役を演じると、彼は映画に活躍の舞台を移していく。
1971年に「盗聴作戦」で本格的な映画デビューを果たすも、低迷期が続く。
しかし、1977年に出演した映画「アニー・ホール」で演技を高く評価され、1978年の映画「ディア・ハンター」ではベトナム戦争で精神に異常をきたした若者を演じ、その年のアカデミー助演男優賞を獲得する。彼は、この役作りのために一週間に渡りバナナと米以外何も食べなかったという。
その後も、極悪人や精神に異常をきたした人などのエキセントリックな役柄を得意し、名脇役の地位を確立。悪役の中で最も人気の俳優の一人となった。また、仕事を選ばないことでも有名で、コメディー映画にも多く出演し、2008年までに約90本の映画に出演している。
また、彼はよく模倣されることがあり、ケビン・スペイシーやジョニー・デップなどにも模倣されている。
【プライベート】
1969年に『ウェストサイド物語』で知り合ったキャスティング・ディレクターのジョージアンヌと結婚。
film.guardian.co.uk
主な作品履歴
盗聴作戦
(1971) 狂気の人体実験 (1972) グリニッジ・ビレッジの青春 (1976) ローズ・ランド (1977) アニー・ホール
(1977) ディア・ハンター
(1978) デッドゾーン (1983) 007 美しき獲物たち (1985) ロンリー・ブラッド (1986) ウォーゾーン/虐殺報道 (1987)
ブルースが聞こえる (1988) キング・オブ・ニューヨーク (1990) バットマン・リターンズ
(1992) 流血の絆 (1992) トゥルー・ロマンス
(1993) パルプ・フィクション
(1994) ニック・オブ・タイム (1995) バスキア (1996) ワイルド・サイド (1996) ラスト・キングス (1997) アンツ (1998)
デッド・レイン (1999) スリーピー・ホロウ
(1999) タイムトラベラー/きのうから来た恋人
(1999) マリー・アントワネットの首飾り (2001) カントリー・ベアーズ (2002) キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン (2002) ランダウン
ロッキング・ザ・アマゾン (2003) 隣のリッチマン (2004) マイ・ボディガード (2004) ドミノ (2005) もしも昨日が選べたら
(2006) ヘアスプレー (2007) 燃えよ!ピンポン (2007)


