【出生と俳優デビュー】
11人兄弟の6番目に生まれ、12歳の時に父の事業の失敗によりオーストラリアに移住。
高校卒業後は数々の有名俳優を生み出しているオーストラリア国立演劇学院に入学。卒業後は、テレビで俳優デビューし、1977年、「メル・ギブソンの 青春グラフィティ」(題名と異なり実際は脇役である)で映画デビューを果たす。
【マッドマックスで国際スターへ】
1979年には、オーディションにより主役の座を獲得した「マッドマックス」が大ヒット。オーストラリアを代表する国際スターとなる。また同年「ティム」ではオーストラリアのアカデミーと呼ばれるサミー賞で主演賞と新人賞を受賞する。
オーストラリア映画で活躍した後、1982年に「危険な年」でハリウッドに進出。
1987年の「リーサル・ウェポン」のヒットで確固たる人気を得た彼は、その後も演技の幅を広げ数々の映画に出演している。
イエス・キリストの最後の12時間を描いた映画「パッション」(2004)は、多くの物議を巻き起こす。映画の中のユダヤ人に対する描写が反ユダヤ主義に基づくものだと批判を受けたり、映画の中で緻密に描かれるイエスへの拷問シーンを見たキリスト教徒の女性観客が心臓発作で死亡する事件が起きるなどし、公開阻止デモが行われるまでに。その一方で、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が「聖書の内容に忠実だ」とコメントするなどし、多くの物議を醸し出した。
日本では、「PG-12」で上映された。
【プライベートと宗教】1979年に看護師の女性と結婚し、7人の子供がいる。
彼は、教皇空位論を信奉する超伝統主義カトリック教徒であり、自宅近くの丘にチャペルを建設してしまったほど篤信している。
また、純潔運動家であり避妊や妊娠中絶への反対を公言している。
2006年、飲酒運転および速度超過の疑いで逮捕された際に警官に対し「ユダ公め!」などと人種差別発言をしたとされている。これは「パッション」公開の際にユダヤ系団体から多くの批判を受けたことが遠因になっているのではないかとされている。
逮捕後、彼は公式に謝罪している。
(出典)Wikipedia,Mel Gibson
Retrieved 01:40, 11 January 2008
主な作品履歴
青春グラフィティ (1977) ティム (1979) マッドマックス
(1979) 誓い (1981) マッドマックス2 (1981) 危険な年 (1982) マッドマックス/サンダードーム (1985)
リーサル・ウェポン (1987) リーサル・ウェポン2/炎の約束 (1989) ハムレット (1990) リーサル・ウェポン3 (1992)
顔のない天使
[出演・監督](1993) マーヴェリック (1994) ブレイブハート
[出演・監督](1995) リーサル・ウェポン4 (1998) ハート・オブ・ウーマン
(2000) パッション
[監督] (2004) アポカリプト
[監督](2006)


