【出生】
スウェーデン人ファッションモデルの母とアメリカの仏教学者の父の元に生まれる。このため、ユマも含め彼女の兄弟はみんな仏教の経典から取られた名前を付けられている。
父親の仕事の都合でインドで過ごすこともありその際にはダライ・ラマが自宅に訪れてくることもあった。
【高い身長そして孤独】
子供の頃より身長が高かったユマはその背の高さ、一風変わった名前、変わった家庭であったことが原因でからかわれることが多かったため、孤独で自意識過剰な子供時代を過ごした。
さらに父親の仕事の都合で引っ越すことも多かったのも追い討ちをかけていた。
ちなみに現在の身長は182cmである。
【モデルから俳優へ】
15歳の時にニューヨークへ渡りモデル業をスタートさせ、その後1988年に「ジョニー・ビー・グッド」で映画デビューを果たす。その後も立て続けに映画に出演するが興行的には振るわない作品が多かった。
【危険な関係によるブレイク】
4本めの出演作品「危険な関係」でユマはトップレス姿を披露し一気に注目を集めることになる。共演者のジョン・マルコヴィッチも彼女を賞賛している。この時ユマはわずか19歳である。
【パルプ・フィクション】
タランティーノ監督のカルトムービー「パルプ・フィクション」に出演し、映画のヒットに伴いオスカーの助演女優賞にノミネートされる。これ以来、ユマ・サーマンはタランティーノのお気に入りの女優となりその後「キル・ビル」シリーズにも出演することになった。
【ガタカ出演によるイーサン・ホークとの出会い】
1998年に近未来SFの傑作として知られる「ガタカ」に出演したユマ・サーマンはイーサン・ホークと知り合いその後結婚する。二人はおしどり夫婦として知られ、結婚後の共演作品も多かったが、2004年に離婚している。
【キル・ビル】
パルプ・フィクションに続き、クエンティン・タランティーノ監督と手を組み「キル・ビル」に出演する。この映画のために、ユマ・サーマンはマーシャルアーツなどのトレーニングを積み見事なアクションをみせた。「キル・ビル」は批評家の評判もよく興行的にも大ヒットした。
ちなみに途中でユマ・サーマンの妊娠が発覚し、タランティーノが再度キャスティングをすることを拒んだため撮影は数ヶ月遅れることになった。
1990年にイギリス滞在中にゲイリー・オールドマンと知り合い結婚するが、わずか2年で離婚している。
(出典)Wikipedia,Uma Thurman
Retrieved 20:08, 22 January 2008
主な作品履歴
ジョニー・ビー・グッド(1988)/危険な関係(1988)/ロビン・フッド(1991)/ジェニファー8(1992)/恋に落ちたら…(1993)/カウガール・ブルース(1993)/パルプ・フィクション(1994)/ガタカ(1997)/バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲(1997)/ギター弾きの恋(1999)/チェルシーホテル(2001)/テープ(2001)/ペイチェック 消された記憶(2003)/キル・ビル(2003)/キル・ビル Vol.2(2004)/ビー・クール(2005)/プロデューサーズ(2005)


