【シルヴェスター・スタローンの誕生と青春時代】
ニューヨークで生まれるが、両親の離婚によりフィラデルフィアに移住することになる。素行不良でいくつもの学校を放校されるような荒れた生活を送る。しかし、スイスのアメリカンスクールで演技に興味を持ち、帰国後もマイアミ大学で演技を学ぶことになる。そして、本格的に演技に取り組むために中退することに。
【スタローンの下積み時代】
1970年にポルノ映画「The Party at Kitty and Stud’s 」で主演デビューする。ちなみにこの作品はロッキーがヒットした後、「イタリアの種馬」や「Cocky」(Rockyを文字ったもの)で発売されている。
以後は脇役やクレジットされないような出演が続く。ちなみにこの時代に「ウディ・アレンのバナナ」で地下鉄にいるゴロツキ役で出演している。
【ロッキーによるブレイク】
若い頃から脚本を書いていたスタローンはボクシングの試合・モハメド・アリ対チャック・ウェプナー戦を見てインスピレーションを受けて、3日でロッキーの脚本を書き上げた。自らスタローン主演を条件としてこの脚本を売り込み製作へこぎ付けるものの、許された予算は他の映画に比べわずかなものだった。しかしこの結果、映画「ロッキー」はヒットし、スタローンもスターの仲間入りすることとなる。
【ランボーシリーズ】
「ロッキー」の成功によりシリーズ化された後、1982年に「ランボー」に出演しこちらも大ヒットシリーズとなる。ロッキーとランボーはアメリカを代表する2大キャラクターといえる。
【その他の作品】
ロッキー及びランボーシリーズに出演し続ける一方、コメディーやホームドラマなどにも挑戦するが興行成績は振るわないことが多かった。しかし、1993年のクリフ・ハンガーがヒットし人気が復活したスタローンはデモリションマンやスペシャリストなどに出演しそれらの作品もヒットする。
【ロッキー・ザ・ファイナル】
ロッキー5が批評家にも興行的にも不評だったことと、作品自体が不十分な出来だったことからロッキー・シリーズの最後の作品として「ロッキー・ザ・ファイナル」が製作された。この作品は興行的に大成功し、批評家にも絶賛された。
【スタローンの身長】
ヘビー級ボクサー役やマッチョな役柄が多いため大柄な人物だと思われがちだが、スタローンの身長は175cmしかない。
(参照:celebrities heights Sylvester Stallone height: 5 ft 9 inch)(出典)Wikipedia,Sylvester Stallone
Retrieved 02:38, 21 December 2007
ウディ・アレンのバナナ(1971年) /デス・レース2000年(1975年)/ フィスト F.I.S.T. (1978年)/パラダイス・アレイ(1978年) /ナイトホークス(1981年)/勝利への脱出(1981年) /コブラ(1986年)/オーバー・ザ・トップ(1987年) /デッドフォール(1989年)/オスカー(1991年) /刑事ジョー ママにお手上げ! (1992年)/クリフハンガー(1993年)/デモリションマン(1993年)/スペシャリスト(1994年)/暗殺者(1995年)/デイライト(1996年) /ドリヴン(2001年)/ロッキー・ザ・ファイナル(2007)

















