【出生と1970年代、舞台役者として】
貧しい農家に生まれたため学校に通うことが出来ず、サーカスでマジシャンの助手などをして働いていた。1972年にプラトの劇場で俳優をはじめ、その年の秋フィレンツェで貧しい農家で育ち、学校に通うことが出来ずに、最初はサーカスでマジシャンの助手として働く。1972年、プラトの劇場で俳優をはじめる。
その年の秋にフィレンツェに行き実験的な舞台に参加、そこでは自身もいくつかの舞台を演出している。1975年にジュゼッペ・ベルトルッチ演出の「Cioni Mario
di Gaspare fu Giulia」で成功、その頃テレビにも出演しイタリアで人気者となる。
1977年にジュゼッペ・ベルトルッチ監督作品「Berlinguer ti voglio bene」で映画デビュー。その後、イタリア共産党支持者であったベニーニは政治デモに参加し、エンリコ・ベルリンゲルを強く支持する。これはそれまで真面目で型にはまっていたイタリア政治のやり方を一新することになる。
【1980年代~ 世界的役者に】
1983年、映画「Tu mi turbi」で監督デビュー。
1986年には、ジム・ジャームッシュ監督作「ダウン・バイ・ロー」に主演。その後もジム・ジャームッシュ監督の作品に何度か出演している。
1990年には、イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの最後の監督作品「ボイス・オブ・ムーン」に出演。
1992年には監督4作目となる「ジョニーの事情」がイタリアでヒット。
ジム・ジャームッシュ監督作品「ナイト・オン・ザ・プラネット」、ヴィム・ヴェンダース監督作品「時の翼にのって」などに出演し世界的な活躍をみせる。
【ライフ・イズ・ビューティフル】
1997年、監督、脚本、主演を務めた「ライフ・イズ・ビューティフル」が、アカデミー主演男優賞、アカデミー外国語映画賞、カンヌ国際映画祭
審査員特別グランプリなど世界中の映画賞を受賞。ナチ強制収容所でのホロコーストを描いたこの作品は、実際にベルゲン・ベルゼン強制収容所で2年間過ごしたベニーニの父の話に基づいている。
この作品は、日本でも非常に評価の高い映画である。
この作品でベニーニは映画監督としての地位を確かなものにしている。
【プライベート】
監督デビュー作「Tu mi turbi」のセットで女優のニコレッタ・ブラスキと出会い1991年には彼女と結婚している。ベニーニは自身の監督作品で彼女を多く起用している。
主な作品履歴
ルナ (1979) ピンクのルージュ (1979) マイ・ワンダフル・ライフ (1979) ダウン・バイ・ロー
(1986) ボイス・オブ・ムーン (1990) ジョニーの事情/JOHNNY 2 (1991) [監督・脚本・出演 ] ナイト・オン・ザ・プラネット
(1991) ピンク・パンサーの息子 (1993) ロベルト・ベニーニの Mr.モンスター (1994) [監督・脚本・出演] ライフ・イズ・ビューティフル
(1998)[監督・脚本・出演] ピノッキオ (2002)[監督・脚本・出演] フェリーニ 大いなる嘘つき (2002) コーヒー&シガレッツ
(2003) 人生は、奇跡の詩 (2005)[監督・脚本・出演]





