【出生とボディービルダーとしての功績】
オーストリアのシュタイアーマルク州の州都近郊の地タール・バイ・グラーツで、警官のグスタフとアウレーニアとの間に生まれた。父は元ナチス党員であった。
10代の頃からボディービルを始め、数々のタイトルを獲得。1968年にはボディービルの関係で渡米、移住する。UCLAで心理学を学び、79年には、国際市場と経営管理に関してB.A.を得ている。ボディービルダーとしての輝かしい経歴を残し、ボディービルの発展に多大な功績を残している。
現在もボディービルの知名度を上げるための活動に力を入れている。
1983年にアメリカ国籍を取得。(オーストリア国籍も継続)
【俳優としてのキャリア】
シュワルズネッガーはボディービルダーから俳優に転向を希望し、「SF超人ヘラクレス」でヘラクレス役の「アーノルド・ストロング」として俳優デビューを果たす。しかし、彼のアクセントがあまりにも酷かったために、撮影後、吹き替えが行われた。
その後、ロバート・アルトマンの「ロング・グッドバイ」で耳が聞こえない無言の殺し屋の役に出演。1976年に出演した「ステイ・ハングリー」ではその年のゴールデングローブ賞新人賞を受賞している。
彼は後に、自分の身体があまりにも普通では無く、アクセントもおかしい上に名前も長すぎることが俳優としてハンディーキャップであるとエイジェントやキャスティングの人間に言われていたと語っています。
1977年に製作されたドキュメンター映画「鋼鉄の男」では、ボディービルダーとしての彼を取り上げ、脚色されて紹介されました。彼はその作品の権利とスチール写真などを買い取っています。
1980年に一度ボディービルに復帰するものの映画のプロモーションという意味合いが強かったらしく基本的には映画俳優として活動を続ける。
1982年、「コナン・ザ・グレート」でブレイクを果たす。
そして、1984年にはジェームズ・キャメロン監督によるSF映画「ターミネーター」に出演し、彼は同作悪役のターミネーターとして有名になる。アクション俳優として成功を果たした彼は、これを足掛かりに「コマンドー」、「ゴリラ」、「レッドブル」、「プレデター」と次々にアクション映画に出演。また、「ツインズ」や「キンダーガートン・コップ」などコメディー映画にも積極的に出演し、役柄の幅を広げた。
徐々にアクション俳優から国民的スターになりつつあった彼は、「ターミネーター2」で悪役から一転ヒーローを演じ、世界的に大ヒット。世界的トップスターに登りつめた。
その後、2003年「ターミネーター3」の出演を最後に政治活動を開始することを理由に俳優業を暫くの間休止することになった。2003年8月にカリフォルニア州知事選へ出馬、同年10月7日にカリフォルニア州知事に選出された。
※州知事としての活動については省略。
【プライベート】
1986年、ケネディ元大統領の姪でCBSテレビ・ジャーナリストのマリア・シュライヴァーと10年の交際を経て結婚している。二人の間には4人の子供がいる。
映画のプロモーションでドイツを訪れた際にドイツ語で挨拶などをすることがあるが、 オーストリア訛りがひどいため、ドイツ人も何を言ってるかわからないらしい。
(出典)Wikipedia,アーノルド・シュワルツェネッガー
Retrieved 11:07, 25 December 2007
主な作品履歴
SF超人ヘラクレス(1970)ロング・グッドバイ
(1973)ステイ・ハングリー (1976)鋼鉄の男(1977、ドキュメンタリー)サボテン・ジャック (1979)愛しのジェーン・マンスフィールド(1980)鋼鉄の肉体/カムバック(1980、ドキュメンタリー)コナン・ザ・グレート(1982)キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2(1984)ターミネーター
(1984)レッドソニア
(1985)コマンドー
(1985)ゴリラ (1986)プレデター
(1987)バトルランナー (1987)レッドブル
(1988)ツインズ (1988)トータル・リコール
(1990)キンダガートン・コップ
(1990)ハリウッド・ナイトメア (1990、監督・出演)ターミネーター2
(1991)ラスト・アクション・ヒーロー (1993)ゴリラ2 (1994)トゥルーライズ
(1994)ジュニア
(1994)イレイザー
(1996)ジングル・オール・ザ・ウェイ (1996)バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲 (1997)エンド・オブ・デイズ
(1999)シックス・デイ (2000)コラテラル・ダメージ
(2002)ターミネーター3
(2003)80デイズ
(2004)



